103−2.2003年10月8日.アフガン戦争開戦2周年、テロ特措法の延長反対!海上デモ(11)〜(20)

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   このあたりは、伊達純さんが大活躍
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   自衛隊艦船の回りを周回し始めました。
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   このあたりまでは、伊達さん頼りでしたが
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Fバースにはで『ひえい』『いなずま』が停泊していました。

ともに「テロ特別措置法」でインド洋に行った艦船です。

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   自衛艦をバックに二つの旗を張っているのを漸く激写。
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   大分写真も良くなってきたでしょう。
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ピースリンクの湯浅です。
10月8日(水) アフガン戦争開戦2周年、テロ特措法の延長反対!海上デモの報告です。

  快晴のもと、呉基地に出ました。この行動は、対テロ特措法の延長反対と補給部隊の即時撤退を求め、自衛隊のイラク派兵、米英占領軍への資金提供に反対するキャンペーンの一環として行なわれた。
 米国が、9.11のできごとに対して、テロを無くすという名目でアフガン戦争を始めてから、2年が立つ8日、私たちは、ゴムボート6隻に10人が乗って、ささやかな海上デモを行なった。何故か女性がゼロというのが、いつにないことで、チョット困りましたが、形としてはそこそこでした。久しぶりの人、初めての人もいて、とてもうれしい。
 9:30、YWCAで積み込みなど準備。『青いぞ号』のエンジンの調子が悪いので、『涼風』を使うこととなる。10:30、ボートの準備に入る。海上保安庁数人、公安10人前後が待っていた。「毎日」の記者も来ている。テレビが全然来ないのが課題だ。
 11時30過ぎ、順次海に。内2隻は、空気が減っていくので、手コギポンプをつけて海に。何か段取りが悪い日だった。まずハンドマイクが動かない。仕方なく、人間ハンドマイクの伊達君のシュプレヒコールで出発。ドライバーを借りて、何とかいじくっているうちに、ハンドマイクが動き出した。その時には、沖にきていて、もうFバースの先にいた。Fバースには、丁度『ひえい』『いなずま』が停泊している。共に、テロ特措法によってインド洋に行ったことがる艦船である。おあつらえ向きだ。
 当直の自衛官が、何人かいて、結構聞いていた。帰り際には、訓練支援艦2隻の乗
員が、甲板にでて体操をしているところに遭遇。
 私たちは訴えた。テロ特措法の2年延長案を廃案にしよう!  「テロ特措法」に基づく被爆地ヒロシマからの海外派兵を中止してください!イラクへの自衛隊の派兵に反対します。イラク占領への資金提供を止めろ。有事法を廃案に!  日本を戦争ができる国にするな!
 特に、派遣される自衛隊員にとって、入隊するときの約束と違うではないかという思いが重要であることを強調した。「自衛官は、アメリカ兵と同じ立場に立たされることになる。いつ殺されるかもしれないし、逆に殺すことになるかもしれない。そのような場に、自衛官を行かせる訳には行きません。 皆さんは、今、入隊する時の約束と、話が違うではないかと思っているはずであり、それを市民に知らせるべきです。
 新潟県加茂市の小池清彦市長の政府への要望書は重要な問題提起をしています。彼は、元防衛庁の職員として、明言しています。
 『自衛隊の本務は、祖国日本の防衛であります。自衛隊員は、わが国の領土が侵略
された場合には、命をかけて国を守る決意で入隊し、訓練に励んでいる人たちでありますが、イラクで命を危険にさらすことを決意して入隊した人たちではないのであります。(略) 自衛隊員の募集ポスターやパンフには、「希望に満ちた立派な職場だ」とのみ書いてあるのであって、『イラクへ行って生命を危険にさらせ』とは書いていないのであります』

 帰路に着いたとき、後ろの方のボートのロープが切れた。つなぎ直して動き出したのだが、最後尾のボートが横に引っ張られたらしく、海水が侵入。このままでは沈んでしまう。バケツで水をくみ出し、難を逃れた。更に上陸するときには、潮が引いていて、カキ殻で手を怪我する人も何人か出た。
 何か、トラブルの多い一日であった。とはいえ、快晴の気持いい空の下で、声をかぎりに訴えた一日であった。
 そして、明日も、テロ特措法の委員会採決に抗議して、6時から呉駅前で、街頭に立つことになっている。とにかく10月は行動の時である。