111−1.2003年11月4日.ベアテ・シロタ・ゴードン講演会(憲法成立と私のこと)(1)〜(10)
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憲法ミュージカル合唱団の憲法ソングから始まりました
中国新聞11月5日夕刊記事、11月6日朝日新聞記事、11月25日付け中国新聞夕刊記事に出ていました。
11月9日中国新聞「天風録」にも関連記事が出ています。 |
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司会は石口俊一弁護士と下中奈美弁護士です。(下中さん写真失敗してしまい御免なさい)
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実行委員会の中の「有事立法はイケン(違憲)!広島県市民連絡会」の横原由紀夫さんからこの間の街宣等の取り組みの報告
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中心になって準備してきた「九条の会ヒロシマ」の藤井純子さん | |
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下に藤井さんからの呼びかけを掲載しています(次ページ下に感想)
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岡山からの弁護士、大勢集まっているのにびっくり | |
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帰国している中国残留孤児の問題についての訴え
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帰国残留孤児・本人からの訴え | |
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いよいよベアテ・シロタ・ゴードンさん現る。栗原君子さんからの開会挨拶
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ベアテ・シロタ・ゴードンさん着席 |
実行委員会より「ベアテ・シロタ・ゴードン講演会」のお知らせ
政府が不法で赤十字さえ撤退する危険なイラク軍事占領への自衛隊派兵に固執し、憲法改悪発言をはばからない今、ベアテさんが語る憲法の原点を聞いてください。
そして彼女の研究者である憲法学者、若尾典子さんとの憲法トークは必聞です! お誘い合わせの上、どうぞご参加下さい。
11月4日(火)18:30〜20:30
広島YMCA 地下 国際文化ホール
・ベアテ・シロタ・ゴードン講演
・若尾典子さんとの憲法トーク、&インタビュー
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少女時代を東京で過ごしたベアテさんは、1940年米留学、敗戦後の1945年、占領軍のスタッフとして再来日。法律は素人で22歳の彼女が日本国憲法草案作りに加わったのは、少女時代に日本女性を見て日本をよく知っていたから。彼女は夢中になってたくさん女性の権利、平等の草案を書かれました。しかし採用されたのは第24条だけ。他の専門家たちも理想に燃えて条文を書いた。56年間変わらなかった日本国憲法は「歴史の叡智だ」と彼女は言う。
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2000年、憲法調査会ができ、彼女が参議院調査会の参考人として呼ばれた。GHQのスタッフとして憲法草案を書いた彼女の発言を要請したのは「押し付け憲法論」の正当化だった。
しかし彼女はまず「日本の憲法はアメリカの憲法より素晴らしい」と言って出鼻をくじいた。そして「日本の進歩的な男性と少数の目覚めた女性たちは、すでに19世紀から権利を望み、女性は特に参政権のために運動をしていました」と日本の人々の意思を表した憲法だと言い切った。
「私に聞こえてきたのは、多くの人がこの憲法を喜んでむかえ、女性の大多数がこの憲法はいい。日本にあっていると言っているこどです」と訴え、この調査会では「押し付け憲法だ」と言える雰囲気ではなかったそうです。
この時の憲法調査会の傍聴は190人。(普通は10〜20人程度)女性委員は、「改憲の声は女性からはほとんどあがっていない」「松本私案が押し付けられなくてよかった」と言ったそうです。
それでも憲法調査会は時間を重ね、調査を逸脱し、国会だけでの多数で改憲への足がかりにしようとしています。地方公聴会も 11ブロックのうち八箇所で既に行われました。広島公聴会も近いはずです。私たちも広島から憲法改悪に反対する声を大きくあげていきたいと思っています。
どうぞご参加下さい。よろしくお願いいたします。