155−6.2004年9月5日、米軍基地はどこにも! いらない、本通り街宣・署名集め(51)〜(54)、呉の報告(55)(56) 

(51)全体にやはり沖縄のこと、結構通りがかりの人が聞いてくれたようです。
やってよかった! 感謝です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(52)岡本珠代さんが、「つれあい」さんの活躍ぶりをパチリ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(53)これで終わります。また宜野湾市の市民大会は、台風のため1週間後に延期なので、広島は来週も同時間に行うことに決定しました。
 9月12日(日)14:00〜 広島本通り電停前(ナビア下)

 

 

 

 

 

 

 

 

(54)終わったら、新聞記者に取り囲まれたりして

 

 

 

 

 

 

 

 

 


呉でも、同時刻、「呉そごう」前で、同様の取り組みが行われました。「毒ガス島歴史研究所」山内正之さん撮影の写真2枚が送られてきましたので追加します。

(55)沖縄での米軍ヘリ墜落事故に抗議し、署名活動をしました。
「ピースリンク広島・呉・岩国」の呉のメンバーが9月5日、普天間基地の無条件返還を求める沖縄宜野湾市民大会に連帯して街頭署名を行いました。台風の影響で沖縄の市民大会は延期されたようですが9月5日の呉駅前での行動の様子を送ります。

 

 

 

 

 

 

(56) 下に、湯浅さんからの呉の取り組みの報告を掲載

 

 

 

 

 

 

 

 


            

(湯浅さんからの呉の取り組みの報告)

参加者は約10人。何人かは、既にあった用事をキャンセルしての参加で、本当にありがたいこと。午後1時から2時過ぎまで、呉駅そごう前にて、いつもの横断幕プラス、3枚のプラカード、8/13沖縄タイムスの号外記事などを掲げて、署名運動を開始した。台風で、宜野湾市民集会が延期になったことを知らず、今やっているはずという嘘を言ってしまったが、久しぶりの街頭情宣。通りがかった知人が、アイスモナカを差し入れしてくれた。これはうれしかった。

 また、マイクでのアピールを始めると、「そごう」の職員2人が出てきて、「お客様が驚いているので、何とかしてほしい」との要請があったらしい。僕は、そのまましゃべり続けた。平賀さんが対応。「これまで、そんな文句を言われたことはない」と突っぱねて、そのまま。但し、少し音を小さくはしたが。話しては、僕のあと、西岡、平賀、堀野さんの順に、物静かな調子で、淡々と行われた。
 人通りが少なく、署名は50名弱人。ビラの受け取りも今ひとつかな。それでも制服の自衛官がビラを受けとってくれた。まき手が少なく、300枚配れない状態だった。

 しかし、普天間の事故は、呉でもいつおきてもおかしくない、「広町(呉市)では、かなり低空を住宅地の上などで飛び続けている」ことなどを話すと、足を止めて聞いてくれる人もかなりいた。沖縄との連携は重要だが、もう少し、広島的に身近な要求とつなげる必要性を感じた。マスコミがこなかった理由もそのへんに有ると思う。近く、呉での事故の可能性、厚木の岩国移駐で、大黒神島の飛行場建設がまた再浮上するかもしれないことなどで、呉市への申し入れをしようかと相談した。広防、岩国市への申し入れ、岩国での街頭宣伝なども含め、行動計画を早急にたてて、系統的に動いていきたいところです。秋の一連の行動のいいスタートになったと思う。