415−1.2012年2月12日、緊急検証!〜わたしたちはもうだまされない!〜在沖縄海兵隊部隊の岩国移転(1)〜(10)
   
 (1)  
 

緊急検証!〜私たちはもうだまされない!!〜

またこうして新たな部隊を岩国に押し付けるか!?

空中給油機・大型ヘリコプター・艦載機、そして、在沖海兵隊部隊

と名うち、午後2時から岩国市民会館第4研修室で集会は始まりました。

2012年2月14日毎日新聞ホームページに出ています。

012年2月14日山口新聞ホームページにも出ています。

 (2)  
 主催者を代表して「住民投票の成果を活かす岩国市民の会」の大川清さん、6日「沖縄から岩国への米軍海兵隊1500人移転打診」が判明という事態を受け、3日前に急きょ決めたばかりというのに、よくぞ皆さん集まってくださいました、と。

(3) 

 
 司会は大月純子さん。
 (4)  
 1992年8月防衛施設庁が岩国基地の沖合移設を決定した前後から今に至るまでの経緯を、スライドを使い、新聞記事や写真でふりかえりました。
 (5)  
 1995年に市議となるまで、長い間岩国市職員として働きながら、岩国基地沖合施設の動きを見てきた田村順玄市議が、自らの体験から「私の見てきた岩国基地拡張の歴史」を語られました。
 (6)    
 1968年岩国市議会が基地沖合移設、1978年岩国基地沖合移設促進期成同盟会の設立という基地沖合移設促進の動きがあった。

(7) 

 
 しかし、それは「騒音軽減、事故防止」という地元の悲願を逆手のとっての基地拡張への道となってきた歴史を、自己の体験と過去の新聞記事を示しながら語られました。

(8)

 
 

1992年8月防衛施設庁が基地沖合移転を決定、それは米軍再編にともない、岩国基地の拡張が進む道であったこと、2001年には防衛施設庁、山口県、岩国市との間で沖合移設を条件に1992年に米軍撤退後も自衛隊継続使用を認める、NLP(夜間発着訓練)の受け入れ合意密約が1992年に交わされていたという新聞記事を示しながら説明されました。

そのような水面下の交渉が、基地拡張につながった、今また騙されてはならない、と。

(9)

 
 岩国基地旧滑走路北の帝人精機で働いていた藤川俊雄さん。在日米軍基地が周辺企業に何をしたのか?体験に基づいて話されました。
 (10)    
 稲生慧さんは、2006年3月12日の住民投票等を振り返られました。