179−1.2005年1月10日.ヒロシマからのイラク派兵抗議、ピープルズ声明呼びかけ人会、本通り街宣(1)〜(10)

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 1月8日、イラク支援にあたる陸上自衛隊の「第3次イラク復興業務支援隊」(約110人)のうち約90人が8日、迷彩服姿で羽田空港からチャーター便でクウェートに向けて出発しました。7日海田基地を離れた13旅団の2人も当然入っています。被爆地、平和都市ヒロシマからの派兵がとうとう現実のものとなりました。
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この日は、<ヒロシマ(陸上自衛隊海田基地)からの、イラク派兵を許さない!ヒロシマ・ピープルズ声明>呼びかけ人会の主催で、主に1月22日の海田現地大集会への参加呼びかけを中心に街宣が行われました。

トップ・バッターは岡本三夫共同代表

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 こちらの旗がこの日のメインです。右から2人目はこの日は発言されませんでしたが、共同代表の河合護郎さん。
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残念ながら後姿ですが、「有事立法はイケン(違憲)連絡会」の横原由紀夫さんは、最初はビラまき

 

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 元気になって復活した「さとうしゅういち」さんも参加。下に「さとう」さんからの報告を掲載
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広教組の山今彰委員長もビラまき

 

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 もちろん我らの久野成章さん。ビラまきの腕前はすごいです。
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話を終えた岡本三夫さん、さっそくビラまき

 

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 2番バッターは横原由紀夫さん、話が堂に行っています

            

さとうしゅういちです。お疲れ様です。

街宣報告(補足お願いします)


・ビラの受け取りはいつもに比べてよかった。カープの帽子を被っていったのが、良かったのかもしれない。

・弁士それぞれに個性が出てよかったと思う。

広島は、ここしばらく、経済が低迷し、「失われた10年」という人もいます。

筆者は、そこまでは思いませんが、海田から派兵されれば、今度は「平和都市」という財産までが「失われ」ることになりかねません。原爆から復興した広島はイラクの人々にとって希望にもなるのです。

そこから占領軍の一員が来たとなればどのように思われることか。世界的にも、反核を訴えてきたヒロシマの主張に疑いが向けられかねません。自衛隊の派兵そのものは国の決定であり、とめることは現実問題として、難しいのですが、広島の市民としては反対であると言うことを言っていく必要があります。

そういう意味では、秋葉市長が昨年閣議決定に際して遺憾の意を示していることは救いです。

広島から行くべきは、軍隊ではなく、薬であり、医療技術であり、教科書ではないでしょうか。