181−2.2005年1月22日、<憲法九条で海田基地を包囲しよう!>ヒロシマからのイラク派兵を許さない海田現地集会(11)〜(20)

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この時点で主催者発表800人。

下に湯浅さんからの報告

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藤本幸作さんがデモや包囲行動の説明をして、デモに。

 

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 まず狭い道を、岡本三夫、河合護郎、空辰男、大森さんの4人の長老が先頭で細長く行進
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 先頭のすぐ後は、横原さんをはじめ、市民グループ
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ここから可能な限り公平にピース・ウォークの隊列を撮影するように心がけました

 

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   もちろん私も「憲法九条・手ぬぐい」を首にかけて撮影しました。
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   ジーンさんの顔も後に、呉か?
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ありゃ伊達純さん、かなり後の組合の隊列でシュプレヒコール

 

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ピースリンクの湯浅です。
バタバタ動いている身なので、話の内容がわからないことも多々ありますが、22日の海田行動の報告です。
北海道、東京、名古屋、関西からの申入書も提出しました(浜松からも昼前にとどいたようなのですが、間に合いませんでした。別の機会に出します)。ありがとうございました。また北海道からは、1次派兵反対で使った横断幕が送られてきて、それも持って歩き、包囲行動でも使いました。

 1.22ヒロシマからのイラク派兵を許さない!海田大集会

  1年ぶりの大きな取り組みは、風もない晴天に恵まれた。13時前、憲法九条手ぬぐいを車に積んで海田駅そばの「ひまわり大橋」に着く。すでに50人近くの人がきている。
受付用のテーブルを準備し、手ぬぐいをおく。チラシがなかなかこない。1:30過ぎ、ようやく体制が整う。手ぬぐいは600枚ほど出たが、受付を通らず、手ぬぐいを購入していない人もかなりいたかもしれない。受付の場所を、やはり通路の入り口にした方が良かったかもしれない。
  13:30ころから、広島合唱団、 K−ネットの歌、演奏が始まっていて、一つの雰囲気をかもし出している。
  あとのことがあるので、2時きっかりにとにかく出発式を始めるべく、司会の玉谷、湯浅、主催あいさつの岡本さんが車の上にのぼる。この時点で、橋全体に人が詰まってきていることがわかる。7−800人にはなっている。最悪の場合、650人くらいかと予想していたので、それをかなり上回る勢いだ。岡本さんがクイズで盛り
上げた後、玉谷さんがカンパの要請。カンパは最終的に10万円を超す額になった。
更に、玉谷さんが、行動の基本となる「ヒロシマ・ピープルズ声明」を読み上げ、参加者全員の拍手で確認し、声明を基本に作成した申入書を提出することを確認した。

藤本幸作さんがデモや包囲行動の説明をして、デモに。
 14:20呼びかけ人の中で、岡本、河合、空、大森さんの4人の長老を先頭に、出発。道が狭く、歩道に入ったりして、車道側は2列がいいところ。14:50頃には基地正門に到着。隊列は延々続いていたが、20分ほどで皆到着した。玉谷さんの司会で自衛隊へのアピールを開始。まずは共同代表の3人が順次アピール。全国被爆教職員の会会長の空辰男さん。ちょっと長かったが、参加者からの拍手もあり熱弁。
広島YWCA会長の宮田喜久代さん、そして広島修道大学教授で核兵器廃絶をめざすヒロシマの会の共同代表の岡本三夫さん。この時点で、デモの後から来た人たちは、基地包囲の体制をとるため、南北に分かれて移動が終了。ピースサイクルの2人が自転車で様子を見てくれたが、先端に指示をする人間を配置していなかったためなかなかうまくつながらない。大月、久野さんらが現場を回り指示したりして、かろうじて体制をとれた。が北側は、かなり長く、マイクの音が聞こえてこないという問題があったらしい。これは大きな反省点だ。

 今日の取り組みには韓国の全教組テグ支部から25名が参加してくれた。支部長のぺく・シンホさんが力強いアピール。通訳はイースンフンさん。最後に木下さんの提起で取り組んだ被爆者のメッセージを若者が読み上げた。3:30近くになっていた。
 この間、大体は、手をつないだり、憲法九条手ぬぐいでつながりあっていたようである。憲法九条で基地を包囲しよう!約1kmに渡って実現した。
 15:30、マイクで、自衛隊に呼びかけ、申入書の手交をしたいので、出てきてほしいと呼びかけた。すぐに荒木三佐が出てくる。岡本さんが申入書を読み上げる。続いて憲法九条手ぬぐいを贈呈しようとしたところ、文書しか受け取れないと行って帰ろうとする。これでやりとりをするのも時間の関係を考えて無視したが、心残りの申し入れとなった。名古屋のことが伝わっていたのかどうかは不明。あわせて、北海道、東京、名古屋、大阪からの申入書も、提出した。
  最後に久野さんの指示で、人間の鎖を作り、シュプレヒコールをくり返した。さらにウエイブにも取り組んだ。いま一つばっちりというわけにはいかなかったが、それらしいものはできたのではないか。

 海田基地での集会としては、過去最大規模のものになったのではないかと思う。また憲法九条手ぬぐいを使っての基地包囲行動というのは、全国的にも初めてのことかもしれない。今、憲法改悪の動きが急を告げている中で、九条こそが自衛官の命を守ってきたし、これからも守って行くはずだと言うことを自衛官に向けてアピールできたことは大きな意味がある。陸上自衛隊の皆さんは、心ならずもイラク派兵の対象となり、複雑な心境にあるはずである。私たちは、自衛隊のイラク派兵には反対だが、一人一人の自衛官とそのご家族の皆さんの思いにつながっていきたいことを伝えた意味は大きい。

  今後、2月始めに、何回かに分けて本隊の派兵が行われると見られる。その都度、できる範囲ででも、声を上げていくこと、声明への賛同者集めもしばらく続けることを確認して、取り組みを終えた。参加者は1000人。声明への賛同者数は1864名になった。集会参加者も、1ヶ月弱の準備期間で、しかも年末から正月を挟さんでの短時間の割には、いざとなってみたらそこそこ集まったと言えるのではないか。憲法改悪に対する危機感があるにもかかわらず、その憲法を具体的に浸食する行為に対する地道な声が、今ひとつ広がらないことにいらだちを覚えながら、準備を進めていた面があるが、やって良かったと心底思った。