232−2.2006年7月15日、岩国基地増強問題を考えるシンポジウム(11)〜(20)

 (11)  
 「広島県西部住民の会」代表の柴田もゆるさん(左中央)も紹介されました。
 (12)  
 岩国基地の地元の井原勝介岩国市長の基調講演です。
 (13)  
 

市長は「2004年夏ごろ、新聞で突然、日米協議の中で艦載機の岩国移転が報道されて問題が持ち上がった。国に情報提供を求めたが「協議中」として拒否された。2005年に入ってもそういう状況だったが、市としては受け入れられないと表明してきた」と事件の発端を振り返りました。

 

 (14)  
 「7月には議会が全会一致で受け入れ反対決議、9月には6万人の反対署名が上がったが、10月末、政府は中間報告を強行し、岩国移転案が盛り込まれた。」
 (15)  
 「2006年になると、『政府が決めたから変更できない』などといった意見も出始めた。これは、合併を控えて、市としての意思を示して置かないと禍根を残すだろうと確信した」として、住民投票を発議した経緯を説明しました。
 (16)  
 「市民の意識は日日高まり、結局6割近い人が投票し、有資格者の半数以上が艦載機移転に反対した。選挙の後は普通はお礼をするのだが、今回は市民から「(意思を示す)機会を与えてくれてありがとう」といわれた。「選挙で人を選んでも、意思が通じず、隔靴掻痒だったが、(今回は政策を選べて)よかった」という声が多かった」と振り返りました。
 (17)  
 「さくらぴあ」の大ホールが、2階も含めてご覧のとおり満員。廿日市市をはじめ広島県西部住民のこの問題への関心の高さに驚かされます。岩国ではとてもこんなには集まりません。井原市長も話がいがあろうというもの。
 (18)  
 その後、3月20日に新岩国市が誕生。井原さんはいったん失職します。「新市長選では、15万人の市長として当選させていただき、反対の意思は明確に示された。」
 (19)  
 

「しかし、その後の最終報告では、中間報告よりも却って飛行機数は増えてしまった。」と。

 

 

 (20)