鶴見橋を左折するおりに、カラーの新聞記事等で説明しながら、皆さんに車中から覗いて貰っており、多くの感銘を頂いている、「鶴見橋の被爆ヤナギ」。残念ながら交差点にあるので、降りて見て頂くわけにはいきませんが、地元対象の少人数フィールドワークでは、そばまで行けます。 平和大通り東端にかかる鶴見橋までが全焼地域、この京橋川の西は建物疎開の作業をする動員学徒、国民義勇隊の人達でいっぱいでした。その人達が原爆の直撃を受け半裸になってこの柳の下を逃げて行きました。被爆者は鶴見橋を渡り、このシダレヤナギの下を通って、次の臨時に県庁の置かれた多聞院へと逃げて行ったそうです。爆心から1.7キロ、人は丸裸になっていたといいます。原爆で幹の上部が折れてしまい、さらに1984年の台風で、受けた傷がもとで腰を曲げ、1991年、市役所が鉄棒で支える工事をしました。それでも立派に葉を繁らせているのには皆さん感動してきました。
しかし2007年秋、この被爆ヤナギは百歳という寿命を超え、雨不足もあり、ついに本体は枯れ死したようです。(2007年7月7日の写真を下に)。
しかし同じ樹の根元から新しい幹が成長しており、立派に葉を繁らせています。 (上の写真は2002年7月6日、まだ生きている頃、右の写真は2008年7月5日、本体幹の枯れたヤナギ)
朽ちかけた時の鶴見橋のシダレヤナギ
2007年7月7日、鶴見橋の被爆ヤナギが朽ちかけているという報を聞いて現地に行ってみました。ごらんのとおり、幹も枯れそうですし、葉の色も悪いかったです。1日も長く生きぬいて欲しいと願っていましたがダメでした。