13.宇品陸軍運輸部跡碑   (南区宇品海岸三丁目11・宇品中央公園) 
   
   

明治天皇碑の側に、宇品陸軍運輸部があったことを示す碑が置いてあります。ここが、大陸、南方への出撃拠点であったことが、これでもはっきりと判ります。

1904年台湾陸軍補給宇品本部を、「陸軍運輸本部」昇格させ、金輪島に造船所を設置したり恒常的な活動をはじめました。

1942年7月陸軍運輸部廃止、陸軍船舶隊となり、その司令部を旧陸軍運輸部本部(凱旋館内)に置きました。陸軍船舶隊、別称「暁部隊」そして各専門部隊が出来たのもこの年です。

(裏には「昭和55年2月吉晨 暁宇品会建之」とあります。)

左の写真は2005年6月19日撮影。
   
 陸軍運輸部跡民家。1992年12月13日撮影。「ヒロシマの今から過去を見て回る会」を始めた時はこのように旧陸軍の建物だった民家がまだ残っていました。
   
 1993年8月6日のフィールドワークではこのような所へも案内しています。(説明は宮川裕行さん。)
   
 
  
 なお、ここから市営桟橋を隔てた陸続きの島、元宇品(7..陸軍墓地からの展望で右手の一番近くに見える島)には、陸軍船舶部隊(通称暁部隊)地下司令部の跡だったらしき地下要塞の跡が中を縦横無尽に走っています。これらののトンネルは「広島の強制連行を調査する会」が1991年10月見つけたものですが、残念ながらプリンス・ホテル建設後全く封鎖され中に入れなくなってしまいました。下に1993年、鉄条網を乗り越えて入って撮った写真がありますのでその一部を紹介しておきます。詳しくは同会1992年発刊の「地下壕に埋もれた朝鮮人強制労働」で(絶版?)。