橋を渡った左手に鉄柵のしてあるところが有名な被爆直後3時間後の写真の舞台です。(撮影された松重美人さんは2005年1月16日、92歳にて他界されました。ご冥福をお祈りします。)
橋は1885年明治天皇行幸の際に架設(建て替え)されたのでこの名前がつきました。 1986年に旧御幸橋は解体され、派出所も1992年までありましたが、今では跡形も無くなっています。左のように欄干と写真がおいてあります。
多くの兵士にとっては「帰らざる橋」でした。