10.黄幡神社 戰捷紀念碑 (南区北大河町丁目23−16)
|
1993年、大河町町民慰霊碑を撮影して返る途中、市内にまだまだ残っていると言われていた戦捷紀念碑にぶつかった。陸軍少将正五位勲二等功三級 澤靜夫書と刻まれている。裏を見ると、日清、北清、日露戦役とあり、松本某外86名の氏名が刻まれ、明治四十年五月建之となっている。車の入りにくい狭い舗装道路に面して堂々と立っている。ここは爆心地か地爆心から地メートル。被爆遺跡と言うには一寸遠いが、慰霊碑と戦捷碑が仲良くしているこの事はどう考えて良いのか。右の写真は1994年8月6日。 (初期の「宇品・比治山方面自動車コース」フィールドワークのコースに入れていたが、その後道路網が整備・変更されたため今はコースから外している。) 2012年10月18日撮影。 |
| 地蔵寺と隣り合わせに広い空き地を持つ黄幡神社がある。この広場に話には聞いていた「戦捷紀年碑」があるではないか。裏にははっきりと日清・北 清・日露と書かれ、この地区からの従軍兵士の名が刻まれている。「原爆慰霊碑・追悼碑」を尋ねて回り始めた当初の頃、見つけ、とりつかれたように「凱旋碑・忠魂碑類調査」をはじめたきっかけになった「戦捷碑」だ。詳しくはそちらにまわす。 2012年10月18日撮影。 |
![]() |
![]() |
左の写真は1994年8月6日ののフィールドワーク時のもの |