9.穴神社社殿 忠魂碑と忠魂座碑  (南区丹那町23−11・丹那西公園内・穴神社前) 

県病院前から広島大橋へ行く道の元宇品線を渡ったらまっすぐ行くと呉の方まで行く黄金山通りが出来ているが、ちょっと判りにくくなっているが、左の旭町下水ポンプ場の横の橋をそのまま東へ走って行く と、左手に丹那西公園を見ることが出来る。

 

山手の方を見ると神社が見える。

写真は2012年10月16日撮影。

   
 

神社に登る階段の下の掲示板に、広島市の被爆建物説明プレートと穴神社の由緒が張ってある。

階段の穴神社門柱には大正十年建之とある。

   
 

階段の右に忠魂碑が、左に忠魂座碑が立っている。

ここでは、忠魂碑が戰役記念碑の性格を持ち、忠魂座碑の方が忠魂碑らしい。

(表) 忠魂碑  陸軍大將大迫尚道謹書

台座 (裏) 鋼板 戰死病没者並戰役從軍者 年月日不明 忠魂坐碑より後は確か

戰死病没者の部 明治二十七年 日清戰役 陸軍輜重輸卒 菅太郎  明治三十八年 日露戰役 勲八等歩兵一等卒松本勝太郎 等4〜5名

戰役從軍者の部 明治廿七八年 日清戰役 陸軍輜重兵上等兵 廣澤鹿松 勲八等輸卒 河本徳松等8名 明治三十三年 北清事変 勲七等輸陸軍歩兵一等卒 木村吉松等5名 勲八等 同 池岡鶴松等4名 明治三十八年 日露戰役 勲六等 同 三等軍醫 杉岡岬 等56名  久保忠歌謹書 蓮形光利謹書等

 (左) 鋼板 欠けている (右) 発起人 20名の名前

(朝鮮人部隊にいた方が来日して、先の戦争で野営した場所を市内中探し回ったところ、ここだったという証言がある。)

 
   
   

忠魂坐碑  

(表) 忠魂坐碑 

(右) 明治三十九年八月建之 丹那區

(左) 明治二十八年五月病死陸軍歩兵卒 菅市太郎君 明治三十七年七月戰死陸軍歩上等兵 山本實郎君 明治三十七年十二月廿三日病死陸軍歩一等卒 松本勝太郎君

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 ※建立年月日 不明

 ※建立の由来 日清・日露戦争による、戦死病没者並びに戦役従軍者をまつったものである。

 ※その他、特記事項 忠魂碑の左手に忠魂座碑があり、明治39年8月建之丹那町となっている。