21.安慰霊碑 (安佐南区祇園二丁目21番安神社境内)
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表 国のため行きて帰らぬ みたまをしのびて 左 昭和四十五年 西暦1970年 七月吉日建之 裏 祇園地区 慰霊碑建設 実行委員会 委員長 寺本廣吉等54名 発起人 祇園地区福祉協議会 (発起人が公的機関ゆえか、地区慰霊碑としては碑文はおとなしい。) 写真は2012年10月5日撮影。 |
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建立の経緯等=西尾隆著「広島のいしぶみはみつめる」第2集 2000年より. 旧祇園町こも長束、原、山本の各地区と同様に、忠魂碑は1932年(昭和7年)に祗園小学校に建立されていた。しかし太平洋戦争の終戦とともに、学校内の忠魂碑は取り除くよう指令があっ なお慰霊碑後面に,慰霊碑建設実行委員50名の氏名が刻まれている。 祇園町遺族会・西本範吾氏(広島市安佐南区祇園7丁目):1983 祇園地区慰霊碑建設実行委員会会長・寺本広告氏(広島市安佐両区祀園2丁目):1983年5月3日. [2]祀園呵誌編纂委員会:祇園町誌,P.460−481,祇園町役場[現広島市安佐南区役所祇園出張所(安佐南区祇園2丁目48−7)], 写真は2012年10月5日撮影。 |
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写真は2012年10月5日撮影。
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