23.征清紀念碑と北清日露青島三戰役表忠碑 (安佐南区八木九丁目17番・八木小学校内)
| 征清紀念碑 (北門左) | |
![]() |
よく(特にアジア大会前に)市内にこのような、中国の人を傷つけるような碑が公立小学校にあることについて、新聞等に取り上げられていた。。 表 征清紀念碑 左 明治丗歳三月 右 沼田郡八木村建之 解説板「この石碑は、1894〜1895年(明治27〜28年)の日清戦争に勝ったことを記念して、1887年(明治30年)3月に八木村の人々によって建てられたものです。この石碑は、日本が歩んだこれまでの歴史における一つの事実を物語っています。この事実をもとに他の国と戦争していたころの社会の様子や歴史などを学習し、二度と戦争がおこることのないよう、平和の大切さについて考えましょう。 1992年(平成4年)6月 広島市教育委員会」 写真は2002年5月20日撮影 |
| 北清日露青島三戰役表忠碑 (正門右) | |
|
表 北清日露青島三戰役表忠碑 陸軍中將正四位勲六等功二級男爵 真鍋武書 (丸い塔に記されてある) 下 戦死 北清 櫻井茂市(戦病死)等2名 日露 岩井紀代太等5名 北清從軍者 西下清次郎1名? 明治三十三北清 三十八日露 二役從軍者 村中之助等5名 階級名あり 明治三十七八年日露從軍者 岩田軍平等43名 大正三年日獨戰役青島攻撃軍從軍者 石川末太郎等18名 解説板 「この石碑は、1900〜1901年(明治33〜34年)の北清事変(義和団事件)、1904〜1905年(明治37〜38年)の日露戦争に、及び1914〜1918年(大正3〜7年)の第一次世界大戦に八木村から参加した人々のことを記録に残すために、1915年(大正4年)1月に八木村の人々によって建てられたものです。この石碑は、日本が歩んだこれまでの歴史における一つの事実を物語っています。この事実をもとに他の国と戦争していたころの社会の様子や歴史などを学習し、二度と戦争がおこることのないよう、平和の大切さについて考えましょう。 1992年(平成4年)6月 広島市教育委員会」 |
![]() |