24.忠魂碑  (安佐南区相田二丁目4−37)  

 安川に沿って行くとセブンイレブン横、消防署車庫隣に聳えている。

 表 忠魂碑(これ以外碑そのものには名前など無い。削ったのか?)
  この碑を挟む昭和36年5月建立の二つの石碑に「各戦役戦死者芳名」がある。

西南役 上原貞五郎等2名 「陸軍」「海軍」だけで階級名は無い。

日清戦役  陸軍 高取勇吉等2名   大東亜戦役 陸軍 田川克己等130名   北清事変 中原勇太郎等6名 海軍 行本静夫等20名

日露戦役  陸軍 八反田常太郎等15名 海軍 山口光夫等3名

西比利亜事変 津江陽吉 軍属 武廣暁等28名  支那事変 湯川辰次等14名 学徒 田上時子等52名  陸軍 8名 義勇隊6名 陸軍2名 学徒1名(追加?)

※建立年月日 大正11年5月
※建立の由来 安村出身戦没者忠魂の碑
※その他、特記事項
 昭和36年5月、西南の役から大東亜戦争までの学徒などを含む死没者373柱の芳名碑が忠魂碑の両脇に建てられている
写真は2013年10月10日撮影

   
建立の経緯等=西尾隆著「広島のいしぶみはみつめる」第2集 2000年より

忠魂碑 元帥陸軍大将子爵川村景明書
旧安佐郡安村の戦没者。日中戦争・太平洋戦争戦没者は352名、このうち原爆犠牲者は131名を上回る。
安忠魂碑修築委員会、1961年(昭和36年)520日修築。合祀

「大正115月 安村民建乏」と石碑右側面に彫りこまれている。
この忠魂碑の左右に,1961年(昭和36年)5月に設置された「各戦役戦死者芳名」と果する名録碑(石碑)がある。左側のそれには、「西南役」名、「日清戦役」名、「北清事変」名、「日露戦役」15名、「西比利亜事変」名、「支那事変」14名、「大東亜戦争」の陸軍127名,海軍20名の各戦死者氏名が刻まれており、右側の碑には、「大東亜戦争」の「海軍」21名、「軍属」29名、「学徒」53名、「義勇隊」78名、「陸軍」10名の各戦死者氏名が刻みこまれている。
 日中戦争・太平洋戦争の戦死者は,軍人192名、軍属29名、動員学徒53名,国民義勇隊78名の計352名である。このうち動員学徒と国民義勇隊は全員が原爆死であることが判明しているが、軍人と軍属についてはその人数は明らかになっていない。毎年秋に、遺族会主催の慰霊行事(仏式)が地元の寺院(輪番制)で催されている。

安古市地区遺族会会長・梶原穂積氏(広島市安佐南区長楽寺一丁目)1987年7月26

 
写真は2013年10月10日撮影

 
   
写真は2013年10月10日撮影

安川を挟んで。
   
 右の写真は1994年9月25日に訪れた時のもの。