33.忠魂碑 (安佐北区飯室・養専寺の反対側の空き地・広島北インターより少し北)
|
表 忠魂碑
裏 昭和七年十月建之 日露戰役死 故陸軍歩兵上等兵 勲八等功七級 某 同病没 故陸軍歩兵一等卒 沖本鶴五郎 鋼板 前 慰霊のことば 「このたび累次の戦いに命を捧げられた方々の霊をこの碑に合祀し慰霊いたします。どうぞ故郷の地に永久に安らかにお眠り下さい。昭和四十六年四月。」 学徒動員ぼ部 猪之子 迫田萬実等11名 裏 軍人の部 野原 北丸末見等54名
|
| 建立の経緯等=西尾隆著「広島のいしぶみはみつめる」第2集 2000年より 慰霊対象:旧安佐郡飯室村の戦没者.日中戦争・太平洋戦争の戦没者は115名、このうち原爆犠牲者は26名。慰霊碑建設委員会、1971年(昭和46年)4月29日追加工事合祀 石碑後面に「昭和7年10月建之」日露役戦死」「同病没」とあり、各1名の氏名が刻まれている。台座の正面には上記の碑文が記されており、側面と後面には日中戦争・太平洋戦争戦死者の氏名が彫りこまれている。後面と右側面には「軍人の部」として84名、左側面には「軍属の部」に16名、国民義勇隊の部」に2名、「学徒動員の部」に3名の氏名がそれぞれ刻まれている。 原爆死の標記はないが、遺族会の合祀名簿には国民義勇隊2名、動員学徒13名、軍人7名、軍属4名の計26名が原爆犠牲者であると記録されている。 安佐郷土史研究会会長・飯室毛木自治会会長・飯室遺族会会 |
|