ここの門柱には、明治38年7月吉日、石灯籠には昭和3年11月10日、石手水には明治43年7月、そして橋本町厳島神社保存会員中と記されている。その目で見て歩けばこのような被爆遺跡がどんどん目に入るようになる。ちなみに稲荷橋の欄干も、明らかに文献等にない被爆遺跡だったが、この解説文を書いた(1993年6月末)直後、新しい物に取り替えられてしまった。