| 61.中国電気通信局原爆犠牲者慰霊碑 (中区基町6・NTT西日本基町通信センタービル前) | |
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正面玄関右に、大きな場所を与えられて立っている。建立当時の労働者の力であろうか。580人合祀。当時の逓信省電話局(袋町富国ビル)で143人、中央電話局(下中町)で216人が死亡しました。1955年建立。 2005年2月11日撮影。 |
| 右の碑文「ひろしまの追憶は 世界の追憶であれ ひろしまの嘆きは 世界の嘆きであれ 天地のくだけたる日のくるしみを 告ぐることなく わが友は ここに眠る 原爆10周年にあたり日本電信電話公社職員の心からなる醵金によってこれを建つ」 2005年2月11日撮影。 |
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左の碑文「昭和二十年八月六日午前八時十五分 晴れ渡った空に 閃光一閃一瞬のうちに 広島は廃墟と化してしまいました。当時 広島では 緊迫した情勢の中で二千名の職員が電信電話の仕事にたずさわっていましたが、そのうち六百名ちかくの人たちがとうとい 命をうしなわれ平和のいしずえとなられました。この慰霊碑は 原爆十周年にあたる昭和三十年八月、亡くなられた方々への 心からの追憶と みたま安かれとの願いをこめて日本電信電話公社職員の手によって 建てたものです。」 なお右手に、関連石碑が二つ建っています。「通信女たちの追憶 出版記念 一九八四年九月二十七日」及び「全電通被爆者被爆者支援基金一億円達成 全電通被爆協会会長 山岸章 昭和六十年八月六日」とある碑です。 |