I 歩兵第十一聨隊慰霊碑

   

歩兵第十一聨隊は広島の第五師団の中核、明治6年に編成され、 太平洋戦争ではマレーの虎と恐れられ、シンガポールで数々の残虐行為を行ったのは良く知られています。1981年建立。

 不死鳥の賦 屍を曝す 異境万里の外 故里亦潰ゆ 原爆の下 還り在ます 御魂よ 戦友よ 安らにぞ 君守らせたまへ 汝が 祈り 汝がいのち汝がふるさとは あれかがよいて 不死鳥の  羽ばたき翔つを

左の写真は2012年10月13日撮影。

   
 15年前、、平和運動に熱心な歩兵第十一聨隊出身の志水さんが、熱心にお 参りされているので 聞いたところ、自分は戦死者の広報を担当していたので、とりわけ、ここに名前が刻まれている人の顔が目に浮かぶと言われました。そして、宣戦布告なしの昭和16年までの死者の方が、「真珠湾」からの太平洋戦争よりはるかに多い、と鋭く指摘されました。

右の写真は1998年7月撮影。志水さん。
 
   
   

うしろに戦死者氏名があるので数えてみました。

昭和十二年(北支方面)六一六名、昭和十三年(中支・南支方面)七〇二名、昭和十四年(北支・南支方面)二二三名、昭和十五年(南支・佛印方面)二〇二名、昭和一六年(中支方面)一〇〇名、

大東亜戦争

昭和十六年(マレー方面)五六名、昭和一七年(マレー・シンガポール方面)三二一名、昭和十八年(濠北方面)二五名、昭和十九年(濠北方面)七四名、昭和二〇年(濠北・シンガポール方面その他)六五名