24.鎮守堂  (西区三滝山・三滝寺内)

  さらに一番高い所に上がるとこの鎮守堂で、三滝寺行脚は終わる。三鬼権現堂や本坊などと同時期に建築。水害と原爆で大破。1951年までに再建されたのも同様。木造入母屋瓦葺。
 原爆炸裂時、住職は三鬼権現堂にて勤行中で、爆風によって崩れた木材によって首に負傷した。寺内にいた二名も負傷した。諸堂宇は半倒壊し、屋根瓦は吹き飛ばされ、ガラスは微塵に破砕、床板やタタミは跳ね上がり、壁は半分崩れ落ちた。寺は火災から免れたが、山中にあったワラ葺きの家が放射熱により着火全焼した。また山中の各所から火災が発生したが、炸裂1時間後に降った大粒の黒い雨で自然消火した。山中の木々には爆風によって吹き飛ばされたトタンや、焼けてボロボロの洋服が引っかかり、建物の中は足の踏み場もない程乱れていた。
 被爆後、市内から避難する人が押し、諸堂、休憩所すべて身動き出来ない状態におちいったという。

写真は2003年2月8日撮影