5、広瀬神社 表忠塔  (中区広瀬町1番)

広瀬神社には原爆でひどく痛んだ狛犬等は1992年の比較的早い調査で確認していたが、当時は目が肥えておらず、忠魂碑の一種とも言える「表忠塔」や天皇制を称える「御大典記念」碑、「御銀婚式記念」碑等には気づかなかった。2002年再確認に寄った際、ようやく気づいた次第。

「表忠塔」は1956(昭和31)年に太平洋戦争(大東亜戦争)の死没者を合忌するものとして再建されているが、元は「明治四十四年」とあるから、多分「日露戦争」ないしそれ以前の戦争犠牲者を祀った性格のものであろう。で「被爆遺跡」にもあたる。


(表)表忠碑 宮中顧問官 陸軍少将 佐藤正謹書(下に)大東亜戦争に於ける戦死者並原爆死没者八百四十七柱合忌す 昭和三十一年六月二十四日再建 広瀬学区郷友会 広瀬地区社会福祉協議会 正会員 島本順三外168名の名前あり
(裏)明治四十四年四月三日建之 その下は判読不能

 写真は2012年4月26日撮影。