47.出征軍人紀念碑 (安芸郡府中町宮の町三丁目・多家神社境内)

 広島の歴史はほぼ東京の歴史と同じで、案外浅い。1589年、の広島城築城前はこのあたまでが 安芸の国の海岸線近くで、古い書物に出てくる。この神社は神武天皇以来と言い伝えられている。古事記や日本書記「大邪理宮」「埃宮」(えのみや)という名で出てくる。

 「えのみや」の方が有名な神社。大正四年火災で本殿等は消 失、同7年に再建されたとある。

  門柱には大正十四年吉日 從一位勲一等侯爵浅野長勲謹書 とある物や安芸の國三ノ宮吉日 明治四十二年四月吉日と記された門柱等がある。
  府中町役場を更に北へ行くとこの神社が見える。

 (六角形の細長い塔の上に球があり、金鵄(トビ?)が乗っている。皆実町の日清戦争凱旋碑を小型にしたような形をしている。

 

 表 出征軍人紀念碑

 左 明治四十四年七月建之 宮中顧問官 陸軍少將從三位 佐藤正謹書

 裏 明治二十七八年 同三十三年 同三十七八年 戰役出征者

    陸軍砲兵大佐 正三位勲七等功五級 藤堂松太郎等36名

   明治二十七八年 同三十七八年 戰役出征者

    陸軍歩兵上等平和運動勲八等 山下清太郎等30名

   明治二十七八年 戰役出征者 海軍一等兵曹勲七等 俵嘉吉等8名

   明治三十三年 戰役出征者  陸軍歩兵一等卒勲八等 久保田代次郎等57名

   明治三十三年 同三十七八年 戰役出征者

                陸軍参等主計正八位勲六等 土井善太郎等20名

 裏の下 府中町軍人優待會 請負人 當村梶山茂三郎 石工 山高卯太郎