1−2.似島(2)学園は第一検疫所があったところ

   似島学園のある場所は、日清戦争以来第一検疫所(1895)、弟二検疫所(1905)、捕虜収容所(1905〜6)、弾薬庫(1921)と造られていった場所で、今でも煉瓦造りの遺構等があちこちに見えます。下は軍用水道を偲ばせる煉瓦造りの水路。奥には藪に隠れて貯水場跡もあります。

左の写真は2004年5月15日撮影。
   
 左の写真は2003年9月6日。
   
 

弾薬を運び入れたトロッコのレールが戦後永らくのこっていたそうですが、今は跡形もありません。

 

右の写真は2003年9月6日。
 
   
 煉瓦造りの水路が残っています。左の写真は1996年8月。
   
   左の写真は2003年9月6日。