4-5.(宮島5) 室浜砲台跡

 室浜の砲台跡。弾薬庫の跡だろうか。レンガ造りの建物の中。4門の砲台があったといい、ここのが1番古いという。観光地側の裏を大きく回って広大自然植物研究所の裏の藪の中にあったが、2002年秋訪れたところ「近代化遺産に指定されたようで整備されていた。

他の砲台についても役立つと思われますので真新しい説明板の文章を以下に記しておきます。

近代化遺産「室浜砲台」
室浜砲台は、明治31年(1898)着工、日露戦争宣戦布告「明治37年2月10日(水)」の直前
に備砲完了。広島は呉をはじめとする陸海軍の重要施設や、多数の艦船泊であり、これらを防備する為
、広島湾を取り巻く要塞の一環として作られたものである。室浜砲台は眼前の大野瀬戸が航行可能な小
艦艇の防圧を想定されており、1~2個小隊(50~60人)による先頭体制が取られた。
備砲は、4基の高性能フランス。シュナイダー社製「斯加式9cm速射加農砲」最大射程5850m(室
浜から 廿日市地御前神社あたり)弾量9Kgその他光景7cmと思われる青銅製旧式野砲がある。
これら砲台は、日露戦争終結までに実践を経る事無く、やがて豊予・下関砲台等の完成により、広島湾
要塞はその役割を終え、対象15年廃止、内務省に移管。昭和38年広島大学理学部付属自然植物園の
所管となる。
砲台全体の構成は、自然の地形が巧みに利用され、石材、コンクリーロ、レンガ(積み方はイギリス組
方式)等で堅固に構築された、明治後期の近代要塞である。

左の写真は2002年9月27日撮影。
   
 右の写真は2002年9月27日撮影。  
   
 左の写真は2002年9月27日撮影。
   
 右の写真は2002年9月27日撮影。
   
 左の写真は2003年2月9日撮影。