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百貨店「三越」の電車どおりを挟んだ北側、の1区画奥に入ったところ。幟町公園の東側に小さく置かれています。
表には「幟町国民学校跡」と記されていますが、
裏を見ると、中部第32037部隊広島東部、中部第32057部隊世羅郡、部隊所属婦人艇身隊、幟町国民学校職員児童、昭和56年7月建之となっていて、それだけの「慰霊碑」では無いことがわかります。
婦人も子供もすべて戦争に動員されていた事、その上に原爆が落ちました。「特設警備隊」という文字は読めませんが、部隊名がそれをあらわしています。特設警備隊は1945年5月22日、本土決戦に備えて、老兵、未教育兵を中心にして国内遊撃戦のために創設されたもので、判明しているだけで千人以上の犠牲者を出しています。
写真は2005年11月13日撮影。
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