6.正光寺の墓石    (中区幟町8−2・みのり幼稚園)
   
 

こでは、無縁の墓は無く、一見、新しい物ばかりのようでしたが、良く捜して見ればかなりこのように無残にも石はね現象と原爆で割れちるのが見つかります。

見事に割れている写真の墓は大正十三年建立の物。その前の岩本家の墓には、昭和二十年八月六日没カヨコ十四歳、昭和二十年九月四日没千代子三十七歳とあります。

写真は2003年9月27日撮影。

 

   
 右下の桔梗家の墓にはセツ 昭和二十年八月六日原爆死58才 喜美子同20年八月六日 同27才とあり、その向こうの三村家の墓には昭和二十年八月六日没父儀一四十六歳、女秋子三十七歳、兄悦治 10才、弟吉雄7才、弟 孝 四才、妹節子一才おあります。 別の三村家は義明十三歳、兄健次郎十二歳と刻まれています。広島の寺の墓を丁寧に見ていけば、圧倒的に昭和二十年八月六日、あるいはその直後から数カ月後の死亡が多いのが判ります。
写真は2003年9月27日撮影。