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護国神社を含めた下段広場に第五師団司令部が置かれていました。今、当時の名残をとどめているのは、境内の南側にある半地下式司令部跡の残骸だけです。
師団とは、参謀部を持ち、独立して作戦・用兵を行う兵団のことです。1873年東京・大阪・熊本・仙台の四鎮台に名古屋と広島が加わり、それまでの旧藩兵に変わって徴兵令で招集した兵を入営させました。1886年の師団番号制とともに広島は第五師団となりました。当時の日本の総常備兵力は三万七千人でした。敗戦時の兵力は合計約720万人にもなっていました。第五師団は、日清戦争から第二次世界大戦までのあらゆる戦争に参加。敵前上陸では常に先頭を切り、太平洋戦争中は、第二十五軍の基幹師団を構成、マレー作戦など主として南方に転戦し、フィリッピンのセブ島で敗戦を迎えました。その間、侵略戦争の軍隊として、アジアの諸民族に計り知れない被害を与えています。
写真は2013年4月17日撮影
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