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この碑には彼女の著書「しかばね街」より、次の一節がしるされています。
少女たちは 天に焼かれる 天に焼かれる と歌のやうに 叫びながら 歩いていった
大田洋子は白島で被爆。3日間を河原で過ごしたといいます。彼女は河原でうごめいている人々について、「いったいに今度の傷は汚く見えた」と書いています。これは彼女のするどい目がもつ原爆の持つ「非人道性」を見抜いていたのでしょう。彼女は強い使命感をもって書きつづけるのですがその一方では、「書くためには思い出さねばならず、それを凝視していると、私は気分がわるくなり、吐気を催し、神経的に腹部がどくどくと痛くなった」と言っています。多くの被爆者たちが、戦後のながい間語ろうとしなかったのも、被爆者に対する差別からだけでなく、二度と思い出したくなかったからでしょう。
写真は2009年2月7日撮影。
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