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右の説明板「水道部員殉職之碑(爆心地から約0.6キロメートル)
1945(昭和20)年当時、基町の電車通り沿いに位置していた水道部庁舎は、原子爆弾の炸裂により壊滅状態となりました。木造の庁舎、工場、倉庫などは跡形も無く全焼、鉄骨造の鍛冶工場も鉄骨がアメのように曲がり。おしつぶされました。
当日、庁舎に出勤し被爆した職員は、爆心地から至近距離にあって全滅。6日浅野庁内の実相を知る人jは誰ひとりとしていません。水道部全体でも職員186人(応召者を含む)のうち86人が犠牲となりました。 (写真)被爆後の水道部基町庁舎 平和文化センター提供 米軍戦略爆撃調査団撮影資料」
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