58.広島市水道部員殉職之碑     (中区基町9−32・広島市水道局)
   
  繁華街から官庁街に入る所です。通りすがりには気づきにくいものです。何度もこのあたりは通っていますが、その気で尋ねてはじめて判りまいた。爆心から600メートルの至近距離にあった水道部は、全員83人死亡という痛ましい歴史を持っています。ひっそりと仲間に守られて、とこしえに眠る犠牲者のあることを忘れてはなりません。
 記録を見ると、当時必要配水量8万トン、漏水のため4万トンになりました。水道関係者は仲間を弔う暇もなく、必死になって漏水箇所を修
理して回りました。広島は地下水の少ない所、故にどれだけ命が助かったかわかりません。(2011年10月1日撮影
   
 

右の説明板「水道部員殉職之碑(爆心地から約0.6キロメートル)

1945(昭和20)年当時、基町の電車通り沿いに位置していた水道部庁舎は、原子爆弾の炸裂により壊滅状態となりました。木造の庁舎、工場、倉庫などは跡形も無く全焼、鉄骨造の鍛冶工場も鉄骨がアメのように曲がり。おしつぶされました。

当日、庁舎に出勤し被爆した職員は、爆心地から至近距離にあって全滅。6日浅野庁内の実相を知る人jは誰ひとりとしていません。水道部全体でも職員186人(応召者を含む)のうち86人が犠牲となりました。 (写真)被爆後の水道部基町庁舎 平和文化センター提供 米軍戦略爆撃調査団撮影資料