43.元宇品 陸軍船舶部隊地下司令部跡 (南区元宇品町25・元自然水族館横山腹)


    ここの地下壕が「広島の強制連行を調査する会」が見つけた地下壕の内では、市内中心部から一番近いし規模も大きので話題になりましたが、今は、マンションが建つ時に絶対に入れないように封鎖されてしまいました。九丁旧軍の地下壕は見つけたら片っ端に「危険」ということで封鎖されてしまい、今や、皆さんを責任持って案内することの出来るものは、岩国や呉にわずかに残っているものも、風前のともし火です。
 この写真は1992年、日曜日で工事現場も閉まっていたため、何重もの鉄条網を乗り越えて入っていって撮った物。35年ぐらい前は、ここは海水浴場になっており、「あれ、子供の時、この中で着替えした事があるよ」とは、一緒に見て回った人の話。これが今話題になっている「暁部隊」の秘密地下司令部?の跡なんて全く気づかなかったといいます。

1993年5月5日撮影
   
 

 「一億総玉砕」「本土決戦」が叫ばれつつあった、太平洋戦争末期、日に日に激化する空襲に備えて、軍の施設や軍需工場は完全な軍事機密のもと、山の下に地下要塞や地下工場を造っていきました。「暁部隊」と称した陸軍運輸部船舶司令部の本部が宇品にあり、その地下施設が、元宇品(もとうじな)の、元自然水族館、かって海が汚れる前、広島の海水浴場として賑わっていた所のそばの山腹にありました。広島の元三菱重工業社員の回想録である「風雪三十年」という書物には「またある日、宇品の近くの陸軍墓地を見学した。ーさらに、その地下司令部を見学して驚いた。山腹に横穴壕を堀り、一切の設備を持った室が多数並び、連絡路が蜘蛛の巣のようにめぐらされており、当局は誇らしげに案内してくれた」とあります。これを掘らされたのは、大多数が強制連行された朝鮮人ということです。
1993年5月5日撮影

 
   
   1993年5月5日撮影
   
 1993年5月5日撮影