16−2.廣島陸軍幼年学校ゆかりの石碑    (安芸郡府中町宮の町三丁目・多家神社境内)

 

2003年4月5日の中国新聞に陸軍幼年学校卒業生の手により、ゆかりの碑が府中町多家神社(えの宮)の建立されたと下記のとおり報じられていました。

新聞記事は最後に「戦没者への鎮魂と平和への祈りの場としたい」との趣旨を掲載し、関係者に花を持たせていますが、6月に現地を訪ねてみたところ、あにはからんや、左の説明板の文章、および裏の「校歌」はあまりにおぞましいものでした。両方ともひどい内容ですが可能な限り読み解いてみました。

これを見て再度新聞記事を読めば、単なるノスタルジーでは済ませられないほどのことがわかります。とにかく紹介しておきます。古い「皇紀二千六百年記念碑」の下の礎石に「慰霊」の文字が新しく刻まれたものです。これだけならまだしも、左にあるこの説明碑文とその裏の校歌についてはとても報道できないのでしょうね。

写真はいずれも2003年6月25日撮影

 

「廣島陸軍幼年学校
明治天皇の聖旨により明治三十年廣島市基町に開校す昭和三年軍縮のため一旦廃校となったが昭和十一年再興爾来昭和二十年に至るまで三千三百四十五名の将校生徒を育成した
これら同窓生は國軍の丁揁幹として皆克く邦家の守護の重責に任じその間多くの廣幼関係者が戦陣に斃れた
原爆の劫火に耐えた肇國神社の石柱發見を機として戦没者に慰霊の誠を捧げるためここに碑を建立する
平成十五年4月吉日 同窓生一同」

「廣島陸軍幼年学校校歌
一、 建軍戸遠し 三千年 由緒も深き埃宮や 大本営の松風に 御陵威輝く練武の地 厳然たりて我が武寮
二、 御詔勅畏み益荒男が 末は國家の千城ぞと 敬神巣崇祖の年深く 肇國宮に額づきて 學びの道にいそしまん
三、 鯉城の空に花吹雪 散るは櫻か潔し 清き眺望の嚴島 燃ゆる血潮の紅〓葉に 丹き心を競はばや
四、 瀬戸の潮凪水澄みて 闊達の氣宇椈ふべし 二葉の山に雪降れば 武を練る聲も勇ましく 剛健の士氣鍛えなん 
五、 忠武の喪身にしめえ 醜の御楯と進み行く 南溟北斗幾萬里 鵬翼伸ばす何時 そぞろ心の踊るかな
平成十四年壬年十月 〓雪書」

 
   

すぐ右に「松宮殿下参拝記念樹」という碑が立っています。(写真左)

多家神社には「祝日には日の丸を揚げましょう」と看板に大きく書かれていたのが印象的でした。