1.広島第二国民学校慰霊碑(中区河原町・西平和大通り緑地帯) 

 

正式には広島第二高等小学校同窓会慰霊碑という。碑に学校の沿革と被爆時の状況が記されている。それによると、水主町で建物疎開作業中の生徒260余名、教師6名が被爆死とある。碑の建設は1976年、毎年追悼祭が行われているという。        

 朝鮮人生徒もかなりあったが、終戦の混乱時、帰国者もあり、生死のほどは定かではない。1200人の大規模校であったにもかかわらず、戦後学校が再開された時に集まった者はわずか百名にすぎなかったといわれる。この慰霊碑に中学生の平和宣言という作文が置いてあった。
 平和宣言 「私たちはなぜ戦争なんてあったんだろうと思います。私たちにはわかりません。ただ大勢の人を苦しめ悲しめるだけだと思います。戦争の犠牲にあった人々の立場に立って戦争の残酷さを言い伝えていかなくてはいけないと思います。二度とこんなことがないように今生きている私達とこれから生まれてくる人たちと本当の平和を築いていかないといけないと思います。そうするためどんな小さな出来事でもいけないと思った事は反省しなければいけないと思います。それが平和にするための第一歩だと思います。」
       1992年9月29日 久留米市立城南中学校 二年一組 生徒一同


 願わくば、大人になってもこの心を忘れないで欲しいと思う。これが言える大人がどれだけいるだろうか?またこの中学生が大人になって、この事が言えるだろうか?
写真は2005年7月9日撮影。