23.広瀬学区原爆死没者慰霊碑(中区広瀬町2番、広瀬小学校校庭)
2004年、それまで、広瀬地区には、陸軍第二特別警備隊の碑があっただけでしたが、被爆59年目の夏に、地元住民たちが約180万円(国からの助成金を含め)の費用を出し合い建立し、8月3日に除幕式と初の慰霊式が行われたそうです。碑は高さ1.1b、幅1.2b、広瀬小学校の正門の前にあります。電車通り寄り(寺町電停下車)の東側グランドから入れますが、ちゃんと学校側の許可を得る必要があります。土日等休日は閉まっていることが多いようです。(2004年8月1日中国新聞が報道)
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広瀬学区原爆死没者慰霊碑碑文(広島市中区広瀬町2番、広瀬小学校校庭) 表 原爆死没者 慰霊 裏 「昭和二十年八月六日午前八時十五分人類史上初めての原子爆弾が 広島に投下された 爆心地に近い当学区内も 熱線爆風の直撃で一瞬の内に ほとんどの家屋が倒壊し延焼した 下敷き状態から救出を求めながら焼け死んだ人も多く学区内は地獄と化し 推定死亡者は 五千人を越えた(原爆被爆者動態調査誌参照) 広瀬国民学校児童の大半は縁故疎開や 集団疎開をしていたが当日登校していた教師七人児童三十七人 行方不明児童百人の尊い命が失われ犠牲者となった ここに 原爆で亡くなられた多くの方々を 慰霊するとともに 被爆の事実を風化させぬ為 また 不戦の誓いと世界恒久平和の祈念の場として住民の意志を結集し慰霊碑を建立するものである 平成十六年八月三日 広瀬学区原爆死没者慰霊碑建立委員会 被爆当時学校区町名 寺町 広瀬北町一丁目 二丁目 三丁目 広瀬元町 錦町 西九軒町 横堀町 北榎町 新市町 西引御堂町 中広町 中広本町 中広北町 中広町一丁目 上天満北町」 |
右手そばに連絡用ポストが置いてあります。
「お参り有難うございました。ご芳名用紙が、中にあります。ご記入の上ポストにお入れください」
(慰霊行事などのお知らせなどに使用します)
広瀬学区原爆慰霊碑運営委員会
連絡先 吉森 巌 пi082)232−8564
寺田 稔 пi082)231−9015
(ポストにこちらの連絡先を記入したところ、丁寧に以下のとおり返事がきましたので紹介します。なお8月3日午後6時より慰霊式典があるとの招待も受けましたが、残念ながら、8月6日の直前なので、出席できません。)
「先日、(3月16日)広瀬小学校校庭内の原爆慰霊碑にお参り頂き有難うございました。今年は被爆60周年で各関係機関の慰霊追悼式典が数多く執り行われることと思います、広瀬学区も8月3日を予定していますが昨年の建立時ほどの式典はできませんが、恒久平和を願っての式典にしたいと考えています。慰霊碑建立は地域の被爆生存者の強い要望と皆さんのご寄付などによるものです、また小学校を選びましたのは、次世代を担う児童への平和教育実践の場としての願いと、被爆死された百数十名の児童への哀悼の念もございます。地域全体では約五千人の方々が尊い犠牲者となられており,あらためて不戦の誓いをするものです。」