33.衣羽神社 本殿、砲弾碑 (中区江波南一丁目11番12号)
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本殿、拝殿が被爆建物とあるが、どれが拝殿なのか良く判らないので本殿だけ紹介します。 神社の石造りのもの、門柱には昭和3年等記されているが、石造りの被爆遺跡は、爆心から2`以内、ないし全焼区域と定義すれば、ここは区域外だから省いておこう。 砲弾をかたどった碑がありました。「凱旋碑・忠魂碑」の部類に入りますので右にあげておきます。表に「奉獻」と書かれ、裏には「大正十五年五月建之」と刻まれています。 写真は2012年5月23日撮影。 |
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説明板 「爆心から3,580m 本殿、拝殿は、昭和20年(1945年)8月6日の原爆にも耐え、その姿を今日に残しています。」 「鎌倉時代から続く 衣羽(えば)神社 創建年代は不詳で、安芸国祭官社180社の楽音寺「安芸区に神名帳」の資料(正和2年(1313)、鎌倉時代)に「三位衣羽明神」の記載があり、この時期を創建時期としています。御祭神は市杵比売命、多紀理比売命、多岐都比売命です。」 |
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