16.中広二丁目地区原爆死没者供養慰霊碑  (西区三滝山・三滝寺内)

    次に、石仏が二つ並んでいる。右の石仏には「中広二丁目地区原爆死没者供養」と書かれている。中広地区は三滝山を背にした地区で爆心から1.5キロ。この距離は二割の死亡率である。国民義勇隊での死亡者は資料がなくはっきりしない。相当数の犠牲者が出たことは確かである。左の石仏には「戦いのいけにへとなりし夫と子供 おもかげ追いて掌を合せ生く 昭和五三年四月 益田マサヨ 建之」とある。中広地区の慰霊碑も益田マサヨさんが独力で建てたものである。さらにこの先には、目だつので写真は省略させて貰うが、「原爆忌 み霊平和の 核となる」と記された句碑がある。

写真は2003年2月8日撮影