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井邑(イウ プ)では、崔日出(チェイルチュン)韓国原爆被害者協会会長さんや、湖南支部の方達、「東學革命」記念館長、バスガイドさん等の、熱のこもった説明を頂きました。「東學革命」についての誇りと愛着が強く感じられました。それに引きかえ、説明を受けた筆者の「知ってるつもり」の浅はかさ、「朝鮮の歴史」の不勉強を思い知らされました。なお、この記事を書くにあたって、「廣島大本営」はもとより、朝鮮の歴史について、日本の教科書や参考書が殆ど触れられていないのも、日韓相互理解の上で大きな障壁になっていることも改めて知ることとなりました。
上の写真は、日本軍・清軍と対決する農民軍の絵(井邑「東學革命」記念館にて)
右の写真は「東學革命」指導者、「全捧準」像(井邑にて)
下は閔妃遭難の地(1895年10月、日本軍にて暗殺さる。ソウルにて)
なお、全捧準の「捧」の文字は、て偏は、正確には王偏です。
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