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創建は1250年前、奈良朝時代という。その頃はこの辺りは海辺。大岩盤があって、舟の遭難が跡を絶たず、海難よけの氏神として建てられた。広島における最古の神社である。
幕末頃は、尊皇攘夷派の集合場所であり、太平洋戦争前には(1934年が神社を皇国思想を下から庶民に植えつける場として整備された年)白島地域の総氏神として存在していた。原爆により毛利照元広島築城の際に建てられた社殿は灰塵に帰したが、石造りの物は残った。前の門柱は明治四十五年四月吉本吉助建之、宮中顧問官陸軍少将佐藤正織書、とある。狛犬は文化二年(1805年)丙子九月と刻まれ、あちこち欠けている。
「二葉の里 歴史の散歩道
碇神社
16世紀末に広島城が築城される以前から、この地に社があったとされ、19世紀初めに記された「知新集」によれば、築城前のまだこの地が青海原であった頃、ここへ他国船が碇をおろしたことから碇神社といわれるようになったと伝えられている。」(説明板)
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