幼き日の石に刻み 砂に影おち 崩れ墜つ 天地のまなか 一輪の花の幻
をきざんだ銅板がはめこまれています。前には広島城跡に建てられていましたが、1967年に改装してここに移されました。
原民喜は幟町の生家で被爆、その前年には最愛の妻を失っています。原爆はこの孤独な詩人の心に大きな絶望感をあたえ、1951年東京で鉄道に身を投げて、46才の命を絶ちました。民喜はくりかえし訴えています。「自分のために生きるな、死んだ人達の嘆きのためだけに生きよ」と。妻を亡くし、原爆に傷つき、更に被爆者として同じ日本人から差別された彼の叫びを聞くような気がします。
写真は2012年3月18日、花幻忌の会にて |