14.シュモーの庭(南区皆実町一丁目2−8・皆実平和住宅集会所)
   
   

南区皆実町に「シュモーの庭」というのが、余り知られていませんがあります。

江波二本松に「シュモー会館」というのがありアメリカの森林学者シュモー博士(Floyd W. Schmoh 1895~)について説明板があります。

重複しますがそれにもとづいて、説明させて貰います。

 原爆によって家を失った広島の人々に一軒でも多くの家を建てようと、氏のよびかけによって募金活動が始まり、昭和24年、約4000ドルが集まりました。
 同年8月、シュモー博士は広島を訪れ、集まった募金を市に贈るとともに、地元学生らの協力のもと、自らも汗を流し、まず皆実町に4戸の家を完成させました。このヒューマニズムあふれる援助は、当時「国境を超えた愛の聖汗」と称賛されました。
 その後も毎年のように広島を訪れ、あわせて19戸もの家を建てています。しかし、今、残っているのは江波に残っている一軒だけですが、ここにも住宅があったのでしょう、その跡としてシュモーの庭というのがあります。

   
   
「戦争で一番深刻についたのは国家ではない、都市ではもない、ただ個人である。平和運動は言うことではない、行うことである」。彼のこの言葉の実践がシュモーハウスの建設だったのです。
 シュモー博士の回想録「日本の印象記」には、初めて広島を訪れたときの住宅建設の経緯がユーモアたっぷりに描かれており、当時の外国人が見た広島の様子がいきいいと映し出されていて、大変興味深い内容になっています。 

 広島市の戦災復興は、市民のたゆみない努力の賜物であることはいいうまでもありませんが、海外からの暖かい善意と浄財の負うところもまた大きかったことを「シュモー会館」は私たちに語りかけています。
 なお、シュモー博士の功績を称え、広島市は昭和58年、特別名誉市民の称号を贈っています。」 

奥(右)の石灯篭には「祈 平和」および「MAY BE PEACE  THAT THERE」と刻まれています。