4.広島市立中学職員生徒慰霊碑 (中区小網町8・天満川東)

   

 この辺りは住家が密集し、当時建物疎開の重点地区でした。それだけに、義勇隊・艇身隊・学徒が狩り出されました。至る所に倒れ伏した人々を弔ったのは三光寺住職であり、町内の有志によって木標が立てられ、慰霊の供養が行われました。

旧広島市立中学校遺族会は、1975年、三光寺境内にあった碑を、却火の犠牲者の最も多く出た地点に移し、その霊を慰めることにしました。元の碑は裏側にあり、1948年建てられ、「原爆三百六十九霊塔」とあります。「原爆」の二字を彫ることが困難な時期であっただけに、犠牲者の数を示したこの碑は、若くして散った生徒を忍ぶ貴重な遺跡でもあります。

写真は2012年5月12日撮影