14.空鞘神社 門柱 狛犬 (中区本川町三丁目3−29)
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入口左に説明板がついている。 「被曝鳥居について 当、空鞘稲生神社は爆心地より約四〇〇米の至近距離に鎮座して居り、昭和二十年八月六日の原子爆弾投下の際、壊滅的な被害を受けた。しかしながら、鳥居をはじめ各石造物においては損壊を逸して現存して居る物も多くあり、昭和二十八年の社殿復興より暫時境内整備をしていく中で、当神社の歴史の重みを感じさせている。 当神社境内の被爆石造物配置図」 |
| 天文年間、1532年頃始まるというこの神社も、社殿等全て焼失。石だけが残った。一番手前は昭和十年十月、塚本町とある。次の門柱には明治三十九年二月一日、従四位勲三等山田春三書とある。中の門柱には明治三十九年八月十五日、西地方町、小網町、中島本町とある。そして戦前町ごとにあったといわれる神社、幸神社、稲荷神社、恵比寿神社が入っている。そして写真右の狛犬は昭和四年九月と記されている。黒く焼け、割れたのを針金でとめられており痛々しい。爆心から約400メートル。原爆の凄まじさを感じさせる。他に皇紀二千六百年記念すさのおの命と記された柱、御武運長久国家安泰文久元年と記された柱もある。皇国日本の末路を思わせる。
写真は2012年4月28日撮影 |
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御大典紀年樹という碑 裏に「大正四年十一月十日」と日付けがある。 |
| 右は石燈籠(被爆遺跡) 写真は2012年4月28日撮影 |
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「幸(こう)神社 御祭神 猿田彦大神 御由緒 創建は天文年間(1532年頃)で「英彦山明神」と称していたが、っ明治四年「幸神社」と改称する。 昭和二十年八月六日原爆のため焼失、同四十一年八月濱本隆一氏の建立により復興し現在に至る。」 |
| 「恵比寿神社
御祭神 事代主大神・大地主大神 御由緒 寛政10年(1799年)の勧請。 明治35年3月中島新町(現在の平和公園の『恵比寿神社』(空鞘稲生神社の摂社)を併合。 昭和二十年八月六日原爆の為、焼失。 同二十八年十一月復興し現在に至る。 御祭日 十一月十四日(『守護熊手』)授与」 |
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