28.慈仙寺(六地蔵)と無縁墓 (中区江波二本松一丁目4)

 

 平和公園の中に墓石一基だけ残している慈仙寺は、相生橋のたもとを慈仙寺の鼻と言われたぐらい広い寺だった。原爆投下とともに、寺の中にいた人達全員共に一瞬のうちに消えてしまった。現在、慈仙寺は行く当てなくさまよった末、江波の地に移っている。


 慈仙寺に着くと、本堂下に地蔵が並んでいるのが見える。子どもの大きさぐらいの地蔵は、六地蔵と言われるが、原爆直下の爆風と熱線でひどく傷ついている。中に鉄棒を入れて修復し、やっと立っているという。被爆した墓石、無縁となった墓石は裏山に段々畑のようになった所に置かれている。

   
 

墓地としては小さくなってしまい、中島の地で被爆した墓はかなり整理せざるを得なかったというが、それでも原爆でパックリ割れた墓や無残な姿の無縁の墓が100以上ある。

(上、中は2004年4月3日、下は1994年1月9日ののフィールドワークで撮影)