19.新庄の宮社叢 (西区大宮一丁目1)
この社叢の拝殿等の木造建物は明治以前からの物である。爆心から約3キロ、長いこと被爆建物としては報告書にかったが、今は説明板がついた。20年近く前、ここの世話している方に聞いたところ、まだこのあたりには戦前からの民家が数軒残っているといわれた。この「新庄の宮社叢」は市の天然記念物に指定されており説明板がある。それによると、下の夫婦楠以外にも、ムクノキ、タブノキ、ケヤキなどの広葉樹の大木がうっそうと茂っている、この光景は広島の三角州の自然を物語る唯一のものとして貴重な存在となってしまった、とある。
(1)新庄之宮神社 拝殿 | |
説明板がついた。「新庄之宮神社 (爆心地から約2.9キロメートル) 人類史上最初の原子爆弾が1945年(昭和29年)8月6日午午前8時15分、広島市上空約600メートルでさく裂し、一瞬のうちに街は焦土と化しました。 この地域(旧三篠本町四丁目)は家屋が点在していたため焼失を免れ、1835年(天保6年)に建て替えられた新庄之宮神社の現社殿も被爆に耐え、大きな被害を受けるには至りませんでした。 戦後、半世紀を経て、拝殿と幣殿の屋根や柱などの老朽化が進んだため、2004年(平成16年)、地域の方々の善意と広島市被爆建物等保存・継承事業の助成により、保存工事を実施し、被爆の惨禍を後世に伝えています。 2004年(平成16年)3月」 「経緯 2002年(平成14年)、社殿の老朽化が進む中、新庄之宮神社総代役員有志により、被爆建物としての保存工事の実施について検討がなされました。 そして、2003年(平成15年)10月、広島市への被爆建物保存計画の認定申請の期を見た機会に、新庄之宮総代会役員全員の総意で、この事業を100年の大計をもった記念事業として実施することが決議されました。 新庄之宮神社総代会 代表役員 古屋正記外16名の名前」 写真は2012年5月24日撮影。 |
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(2)夫婦クスノキ | |
この2株のクスノキは樹齢500年前後と推定される。胸高周囲は6.5メートルと5.35メートルもあり、県下でも有数の巨木である、と説明されている。 「天然記念物 夫婦楠 樹齢 500年 夫楠 根回り 11.4m 目 通 6.4m 妻楠 根回り 10.0 目 通 5.35m この社叢(県天然記念物)は樹齢500年の威容を誇る夫婦楠等の広葉樹の大木がうっそうと茂り、広島市の三角州の自然を物語る貴重な存在である。 社叢は楠の大樹を擁する鎮守の森として、我々氏子には市街地の中の信仰と安らぎの場として心のよりどころとなっております。」 写真は2012年5月24日撮影。 |
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(3)ムクノニ タブノキ ケヤキ | |
写真は2012年5月24日撮影。 |