53.忠魂碑 (倉橋島・安芸郡音戸町波多見・八幡神社入口)
人間魚雷の特攻訓練地区があった倉橋島の大浦崎(現水産試験場・公園)を過ぎて南に行くと、波多見バス停そばに八幡神社があり、その入口にある。左に「鳴乎特殊潜行艇」と書かれた碑と、その裏に人間魚雷の絵図と内容を記した碑があるが。大浦崎特殊潜航艇基地跡(1) にその件について触れているので省略する。
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いさおしを千代にのこし國のため いのちをささげし人をしぞ思ふ 濱田 潤多美男等24名の名前 昭和三十三年四月 波多見出身戰没者遺家族一同建之 前に施工 昭和六十二年八月吉日 木村石材店 とある(最近再建された?) 右側の新しい銘板には「この銘板は1942年5月30日マダガスカル島ディェゴスワレス港所在英国艦隊攻撃性庚午、上陸、山中を踏破し母潜水艦を望む丘に到達しながら英軍に発見され戦死した特殊潜航艇搭乗員を偲び建立された碑のもので長何風波に曝され衰朽ち甚だしく新品と交換され日本へ送られた初代銘板です。 2001年5月吉日 八幡山神社」とある。 |
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ちなみに神社「由来記」の「碑文」を紹介しておく。 「八幡山神社 本神社は今より(1200)余年前の天平宝字年間に勧請、応神天皇を主神とし神功皇后、王依姫命の二柱を合祀す。中世の戦乱により神社は一時矢野に遷されたが、永禄三年(1560)矢野の尾崎神社より渡子に遷座し後当神社に遷す。天正四年1576)小早川隆影が再建、芸備通誌に「祠宮の (社人)十余家あり祭時ニ神輿をかつぐを職とす島中各村送迎してこれを饗す」とあり以降二、三回の補修を経て現在に至る。 平成四年二月吉日 社殿のそばにも昭和十四年二月十一日の由来記がある。 「村社八幡山神社 鎮座 本社ハ八幡山神社ト称シ音戸町波多宮美浦亀山ニ鎮座シマス 祭神 応神天皇 神功皇后 王依姫命」他二名の皇族の名がある。 写真は2012年5月8日撮影 |
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